前頭側頭型認知症
前頭側頭型認知症とは
アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症とともに「四大認知症」の一つです。
1892年にアーノルド・ピック医師が最初に報告したことから、もともとピック病と呼ばれていました。
前頭側頭型認知症は、「前頭側頭葉変性症」という病気の中の病型の1つで、”認知症”を伴います。
前頭側頭葉変性症は、名前のとおり大脳の前頭葉と側頭葉が特異的に委縮する(やせる)病気です。前頭葉あるいは側頭葉のいずれかのうち一部が萎縮し始め、進行すると前頭葉と側頭葉と前頭葉の両方に萎縮する範囲が広がります。
萎縮が起こる部位により出現する症状が異なり、前頭側頭葉変性症には前頭側頭型認知症のほか、失語症を伴うものとして意味性認知症や進行性非流暢性失語なども含まれます。
前頭側頭型認知症の発症年齢は50~60歳代と、ほかの認知症と比較しても若年で発症する傾向があります。大部分の方が70歳頃までに発病します。性差はありません。
前頭側頭型認知症では、人格変化や行動障害、失語症、認知機能障害、運動障害などが緩徐に進行します。特に初期は、もの忘れが目立たないことから、認知症だとは理解されにくい傾向があります。
この病気は他の四大認知症と比較して数が少ないこともあり、発症のメカニズムや原因はよく解っていません。
有病率は、認知症の約5%を占め、現在、日本には1万人を超える患者がいると推定されています。
前頭側頭葉変性症は2015年に厚生労働省により「指定難病」に認定されています。
病因・病態は?
前頭側頭型認知症の患者さんの脳の組織では、脳の前頭葉や側頭葉の細胞に限局して病的なタンパク質がたまり、神経細胞が脱落しているのを確認できます。主に前頭葉と側頭葉の萎縮が目立ちます。
この病気は、蓄積している蛋白の種類によって病理学的にいくつかのタイプに分類できることがわかっています。前頭側頭葉変性症を示す病気にはtau蛋白がたまるタイプ、TDP-43がたまるタイプ、どちらもはっきりしないタイプがあります。tauの一部をピック球と呼びますが、このタイプをピック球と呼びます。
わが国では家族歴のある患者さんは殆どいません。なお、欧米では前頭側頭葉変性症の患者さんの30~50%で家族歴が認められています。その原因として、C9orf72遺伝子、タウ遺伝子、TDP-43遺伝子、FUS遺伝子、プログラニュリン遺伝子の変異などが知られています。
症状は?
前頭葉は、脳の中で最も大きな部分です。言語、意欲、想像力、注意力、判断力、自制力、記憶力などをつかさどり、人格形成や社会性に関与します。前頭葉の働きが低下すると、行動や感情をコントロールすることが困難になります。
側頭葉は、言語・記憶・聴覚などをつかさどる中心的な部位であり、障害を受けると部位によっては著しい言語障害や記憶障害を生じます。
前頭側頭葉型認知症を発症すると、前頭葉や側頭葉の機能が障害を受けて、下記のような特徴的な症状が表れます。
行動障害
前頭側頭型認知症の特徴的な症状に、常同行動、脱抑制、意欲減退があり、それぞれのうちどの症状が目立つかによって、常同型、脱抑制型、無欲型の3亜型に分類がなされています。
常同行動:同じことを繰り返す
日常生活の様々なことに関して、毎日決まった時間に同じ行動を繰り返すようになることがあります(時刻表的生活)。
散歩であれば、毎日一定の時刻になると同じコースを歩きまわります(常同的周遊)。食事では、同じ料理や食材ばかりを選ぶようになります。同じ言葉を繰り返し言ったり、同じ内容の話ばかりしたりします。
その他、膝や手、机などをパチパチと叩き続けたり、絶えず太ももを手でさすり続けるなどの反復行動が見られることもあります。
常同行動は、病初期から比較的高頻度に認められます。見当識や視空間認知は保たれているので、家を出て行っても進行期にならない限り道に迷わず帰宅できます。
常同行動を無理にやめさせたり妨げたりすると機嫌を損ね、時に暴力をふるうこともあります。
脱抑制、反社会的行動
周囲への配慮を欠いた逸脱行動や、反社会的な行動が見られます。
常識、礼節や社会通念に対する配慮がなくなって、他の人からどう思われるかを気にしなくなります。抑制なく自分本位の行動をとり、周りからすると、身勝手な行動にしか見えません。
度を越した悪ふざけをしたりします。規則に従わず、順番や赤信号も平気で無視したりします。また、万引きや痴漢などの軽犯罪を行い、周囲とトラブルを起こすこともあります。
注意されても全く悪いと感じていませんし、時には逆に怒り出したり暴力を振るったりすることもあります。警察に捕まっても反省しませんし、将来また同じ行為を繰り返します。
こうした性格変化、行動異常は目立つものですが、単に性格が変わっただけと思われて、病気として認識されず、診断が遅れがちになります。逆に病気が進行して自発性の低下が進むと、目立たなくなることが多くなります。
無関心、自発性の低下、意欲減退
比較的初期から自分自身や周囲に対する無関心が目立つことがあります。保清にも関心がなく、自発的に入浴しなくなったり、身だしなみに注意を払わなくなります。常同行動を伴っている場合、何もせずにぼーっと過ごしているかと思うと、一定の時刻になると突然散歩に出て行ったりします。
一方、初期の頃には配慮に欠けた行動や興奮状態が目立っていた患者さんでも、病気が進行するにつれて、意欲減退や活動性の低下が目立つようになります。物事に無関心になり、社会的に孤立し、ひきこもってしまうことも多く、うつ病と診断される場合もあります。
更に進行すると言葉を発しなくなり、椅子に座ったまま、ベッドに寝たままで、無動無言状態になってしまいます。
注意・集中力低下、維持困難
すぐに気がそれてしまい、ひとつの行為を続けることができなくなります。何の断りもなく突然部屋を出て行ってしまったりします(立ち去り行動)。
影響されやすくなる(被影響性の亢進)
外的刺激に対してよく考えもせず反射的に反応するようになります。質問に対してよく考えもせずに返事をします。また、相手の言葉をオウム返しに返したり、相手の動作の真似をしたりします。認知機能検査を行っても、結果が実態を反映しなくなってしまいます。
食行動の異常
料理の味付けの好みが変わって甘いものや味の濃いものを好んで食べるようになったりします。食欲が増してたくさん食べるようになるかもしれません。冷蔵庫を漁って食べたりすることもあります。
常同行動を伴いますので、同じ食べ物ばかり食べ続けたり、同じメニューの料理ばかり作り続けたりするという常同的な食行動パターンになることがあります。
進行期には、手に取るものを何でも口に運んで食べようとすることがあります(口唇傾向)。
言葉の障害
左前頭葉、側頭葉の言語領域が病変により障害されると、言葉の障害が出ます。言葉の意味がわからなくなり、「手際」、「養生」、「妥協」など知っているはずの言葉を聞いても意味が分からなくなります。文字の読み間違いが多くなり、「団子」を「だんし」、「西瓜」を「にしうり」、「日和」を「ひわ」などと誤って読むようになります。
その他
筋萎縮や筋力低下といった運動機能に関わる症状を呈する運動ニューロン疾患に伴うものがあります。
記憶障害は軽度
特に初期ではアルツハイマー型認知症とは異なり、物忘れや記憶力低下などの認知症でよくみられる症状は目立ちません。見当識や計算力も保たれています。
物忘れはひどくありませんが、人格と行動の変化が特徴的であり、常識外はずな行動が目立ちます。
病識に乏しい
自分自身の変化に全く気づかず、自分が病気であるという認識にも乏しいものです。人格の変化が見られても、病気に伴う症状とは捉えづらく、本人のみならず家族すらも認知症とは思わないことも少なくありません。
画像検査
画像検査は前頭側頭葉変性症の診断に有用ですが、画像のみでは診断できません。
MRI
典型的な前頭側頭葉変性症の患者さんでは、頭部MRIで前頭葉や側頭葉に限局した萎縮を認めます。行動異常を示す患者さんと、失語症を示す患者さんでは、症状に応じて委縮する部位に違いが見られます。また、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、統合失調症、うつ病などとの鑑別に有用です。
脳血流SPECT
必要に応じて脳血流SPECTを行い、前頭葉や側頭葉の血流の低下の有無を確認します。MRIでは軽度の萎縮しか認めない患者さんでも、脳血流SPECT検査では前頭葉、側頭葉の血流低下が明瞭な場合があります。
診断は?
前頭側頭型認知症の診断では、まず問診によりどんな症状や行動異常が起きているかを確認します。そのためには、患者の普段の様子を日頃から見ている家族の話が重要な手がかりとなります。
また、診察や検査を受ける際の患者の態度から、異常の有無を確認します。そして、画像検査を行い、前頭側頭葉変性症を裏付ける所見がないかどうかを確認して最終的に判断します。
(診断基準は一番下に載せています)
治療は?
薬物治療
前頭側頭葉変性症はその他の四大認知症と比較して患者数も少なく、原因についても不明な点が多いため、認知機能改善のために有効な薬物治療はまだ開発されていません。
前頭側頭葉変性症の行動障害を改善する目的で、ガイドラインでは抗うつ薬(選択的セロトニン再取り込み阻害薬;SSRI)の使用が推奨されていますが、保険適応外になります。また、認知機能の改善効果は認められていません。
通常のアルツハイマー病に処方されるコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル(アリセプト)など)の有用性については示されていません。むしろ増悪することがあり、また副作用を考えると安易な使用は避けるべきと思われます。
精神症状に対して、向精神薬を用いることがありますが、副作用に対しては十分な留意が必要です。
非薬物療法
前頭側頭葉変性症に特有の症状に応じた行動療法や介護者教育など、非薬物療法は大切です。
まずは、ご家族が患者さんの病態を理解して、患者さんへの接し方を工夫する必要があります。うまくすると、介護者の負担が大幅に軽減される可能性もあります。
行動パターンの把握
本人の行動パターンを先取りすることは重要です。常同的行動を行う患者さんでは、行動はワンパターンなものになります。習慣的に外出するようになるかもしれません。外へ出かけてしまっても迷子にはなりませんが、出かけた先でトラブルを起こしたり、トラブルに巻き込まれたりしている可能性もあります。トラブルにうまく対処するためには、本人がよく行くお店や場所を把握することが望ましいものです。
「いつもと違う」ことを避ける
環境の変化やスケジュールの急な変更は、患者を刺激して興奮させる可能性があります。落ち着いて過ごせる「いつもの」環境を用意しましょう。そして、少々気になる常同的行動パターンがあっても、危険性がなければ本人の行動をなるべくそのまま受け入れましょう。
ただし、危険な状況や、他人に迷惑がかかるような状況が発生しそうな場合には、生活環境を調整したり、場合によっては短期入院を挟むことでリセットすると、別のより許容できる行動に変えられることもあります。
常同行動パターンを上手に利用する
常同行動では、一度決めた同じ行為を時刻表のように正確に繰り返すという特性があります。これを上手に利用して、望ましい形で習慣化していくことができるかもしれません。
例えば、一日のスケジュールを紙に書いて壁などに貼っておき、食事の時間、散歩の時間、就寝時間になるとその都度に声を掛けて知らせると、決まった通りに行動するようにうまく仕向けられるかもしれません。なお、一度決めたルールを急に変更すると興奮させてしまう可能性があるので、ご家族にとっても負担のないスケジュールを考えましょう。
常同行動を利用して、デイケアへ通うことを習慣づけしてしまうのも一つの方法だと思われます。
前頭側頭葉変性症の患者さんでは、地域や社会とのつながりが少なくなりがちで、刺激のない生活を送ることで症状が悪化してしまう傾向があります。また、常に患者を抱え込むことで家族の負担はたまりがちです。平日の昼に施設で過ごしてもらうことで、患者の脳の刺激のみならず家族の負担軽減にもつながります。
ただし、土日にもデイケア施設での対応を要求するようになる可能性もあるので注意しましょう。
なお、デイケアに馴染むまでの初期の対応は重要です。トラブルなく施設や人間関係に馴染んでもらい、習慣づけするためにも、少なくともケア導入時にはマンツーマンの対応が望ましいでしょう。
馴れた環境は変えない方がよく、デイケアやデイサービス、ヘルパーを利用する際にも、出来るだけ同じ人が対応してもらえるようにお願いしましょう。
食べ物は見えない場所に
食事においても注意すべきことがあります。
前頭側頭葉変性症が進行すると、食べてはいけないものを食べてしまうことがある(異食行動)ため、注意しましょう。また、食べ物を口いっぱいに詰め込む症状を呈することがあり、窒息に注意しましょう。また甘いものばかりを食べる、際限なく食べ続けるなどの症状があれば、肥満や糖尿病になりがちですので、見えるところに食べ物を置かないように注意しましょう。
前頭側頭型認知症は、働き盛りの年代で発症することも少なくありません。患者さんは病識なく自己中心的な行動パターンをとりがちなため、ご家族の負担は大変なものとなります。ご家族だけで患者さんを抱え込まず、専門医に相談し、福祉サービスをうまく利用したほうがいいでしょう。
予後は?
前頭側頭型認知症の平均生存期間は、6~10年程度ですが、それ以上に長生きする方もいれば、急速に進行して僅か数年でお亡くなりになられるケースもあります。
診断基準
Nearyらによる診断基準や、指定難病に用いられる診断基準があります。
指定難病において用いている診断基準:
(行動異常型)前頭側頭型認知症及び意味性認知症と臨床診断された例を対象とする。
(1) 必須項目:進行性の異常行動や認知機能障害を認め、それらにより日常生活が阻害されている。
(2) 次のA-Fの症状のうちの3項目以上を満たす。これらの症状は発症初期からみられることが多い。
A.脱抑制行動:以下の3つの症状のうちのいずれか1つ以上を満たす。
1) 社会的に不適切な行動
2) 礼儀やマナーの欠如
3) 衝動的で無分別や無頓着な行動
万引きや交通違反を繰り返し、指摘されても悪びれることなくあっけらかんとしている。葬儀の場で食事を先に食べ始めたり、通夜で先に寝てしまうなど、周囲への配慮がみられず、場にそぐわない失礼な行動が見られる。なお、アルツハイマー病等でみられる易怒性を脱抑制と混同しないように注意する。
B.無関心または無気力
発症初期には、A、D、Eなどの他の行動障害と併存している。
C.共感や感情移入の欠如:以下の2つの症状のうちのいずれか1つ以上を満たす。
1) 他者の要求や感情に対する反応欠如
2) 社会的な興味や他者との交流、または人間的な温かさの低下や喪失
風邪で寝込んでいる妻に対して、いつも通りに平然と食事を要求する。
D.固執・常同性:以下の3つの症状のうちのいずれか1つ以上を満たす。
1) 単純動作の反復
2) 強迫的または儀式的な行動
3) 常同言語
同じコースを散歩する、同じ食事のメニューに固執する、時刻表的な生活パターンを過ごすなど
E.口唇傾向と食習慣の変化:以下の3つの症状のうちのいずれか1つ以上を満たす
1) 食事嗜好の変化
2) 過食、飲酒、喫煙行動の増加
3) 口唇的探求または異食症
アイスクリームや饅頭を何個も食べる、ご飯に醤油や塩をかける、珈琲に何杯も砂糖を入れるなど
F.神経心理学的検査において、記憶や視空間認知能力は比較的保持されているにも関わらず、遂行機能障害がみられる。
(3)高齢で発症する例も存在するが、70歳以上で発症する例は稀である注1)。
(4)画像検査所見:
前頭葉や側頭葉前部にMRI/CTでの萎縮かPET/SPECTでの代謝や血流の低下がみられる。
(5) 除外診断:以下の疾患を全て鑑別できる。
1) アルツハイマー病
2) レビー小体型認知症
3) 血管性認知症
4) 進行性核上性麻痺
5) 大脳皮質基底核変性症
6) 統合失調症、うつ病などの精神疾患
7) 発達障害
(6) 臨床診断:(1)(2)(3)(4)(5)の全てを満たすもの。
注1) 高齢での発症が少ないところから、発症年齢65歳以下を対象とする。
行動障害は目立っても、幻覚や妄想を呈する例は稀である。
神経心理学的検査の評価に当たっては、真面目に取り組んでいるかなど受検態度も考慮する。また、心理検査中に答えがわからなくても、取り繕ったり言い訳をしたりしないことにも留意する。