脊髄脂肪腫
脊髄脂肪腫とは
胎生初期に、皮下の脂肪組織が脊髄に入り込むことにより生じます。脂肪腫の“腫”は、腫瘍の“腫”ですが、脂肪腫は腫瘍ではありません。栄養を取り過ぎると太るのと同じで、脂肪が肥えて大きくなることはありますが、増殖することはありません。
脂肪腫は、多くの場合には、硬膜および脊椎の椎弓が欠損した部分を通じて皮下と連続しているので、皮下組織につなぎ留められて”係留”が生じます。
男性よりも女性に多いとされます。
脂肪が脊髄に付着している円錐部脂肪腫と、脊髄の末端から伸びる終糸に付着している終糸脂肪腫(filar type)に分類されます。前者は一次神経管形成期の、後者は二次神経管形成期の閉鎖障害が原因とされています。
脊髄脂肪腫の患者さんは大抵の場合、腰のあたりの皮膚の異常がもととなって発見されます。例えば、皮下の柔らかい瘤(皮下脂肪腫)、皮膚の小さな穴(皮膚洞)、多毛、色素沈着(血管腫)、しっぽのような組織(人尾)などです。
皮下脂肪腫 血管腫
皮膚洞 皮膚陥凹
skin tag、色素沈着 人尾
次に多いのは、鎖肛などの小児外科関係の病気の治療経過中に見つかるパターンです。この場合には必ずしも前述のような腰のあたりの皮膚異常を伴いません。
その他、腰部の皮膚異常が全くないタイプで、思春期から成人期以降に膀胱直腸の機能障害が明らかになり、その精査中に発見されるタイプもあります。
脊髄脂肪腫の症状(脊髄係留症候群)
脊髄下端は円錐(えんすい)状にしぼんで終わることから、脊髄円錐と呼ばれます。脊髄円錐の下端からは糸状のごく細い終糸と呼ばれる線維組織が足側に向かって伸びて、第1尾骨の位置まで達して、第1尾骨に付着します。終糸は、脊柱管内で脊髄を固定する錨(いかり)の役を果たしています。
正常では、出生時の脊髄円錐の位置は第3腰椎ですが、成長に従って上方にあがっていきます。成人の場合、ほぼ第1腰椎か第2腰椎の高さとなります。
脊髄脂肪腫では、脊髄係留症候群が生じます。これは、皮下から硬膜の内部まで繋がる脂肪腫、もしくは異常に太いまま残ってしまった脊髄終糸などの存在により、発達とともに生じる脊髄の頭側への上昇過程が阻害され、低い位置に繋ぎ留められたままになってしまうこと(脊髄係留)によります。そして、脊髄が引っ張られるようになり、また腰の曲げ伸ばしで更に張力が加わります。また局所の血流障害なども関わっている可能性があります。
脊髄係留が生じると、主に係留された部位に近いところの脊髄機能障害が出現します。最初に出やすい神経症状は、最も末端に位置する脊髄機能である排泄機能です。排泄機能の障害を膀胱直腸機能障害と呼びます。
排尿障害は最初の症状であることが多いのですが、排尿障害を患者さんが自覚するのは機能障害がかなり進んでからになります。その頃には膀胱が異常に膨らんでしまい、患者さんによっては尿管を伝って腎臓に逆流するようになっているかもしれません。そのような状態の患者さんは尿意に対して鈍感になり、膀胱がかなり膨らんで初めて尿意を意識しますし、排尿時の括約筋の筋力も低下して十分に膀胱を収縮させることが出来なくなっているかもしれません。人によっては、溢れた膀胱から漏れ出すようになり、無意識うちに尿漏れを起こすようになってしまうかもしれません。このように慢性的に膀胱が膨らんだ状態になると、膀胱炎を繰り返すことになります。
まだトイレでの排尿が確立していないような乳幼児の場合には、おむつが常に濡れていたり、1回の尿量が少ない、排尿に勢いがないなどといった所見が見受けられえます。特に、乳幼児の場合には、膀胱に尿を貯めることが出来ない“弛緩性膀胱”になっていることがしばしばあります。
また、そのような状態になった患者さんは、便秘を伴っているケースが多いです。それも、難治性の便秘で、便秘薬による対処が必要、もしくは薬も十分な効果を発揮できないかもしれません。
次いで生じやすいのは、足の運動障害や感覚障害です。運動障害は、下肢の末梢側で高度です。筋力低下、筋肉の萎縮、足の変形を生じます。感覚障害は運動麻痺と一致した部位に出やすいのですが、殊に、お尻のあたり~ふくらはぎ、足首から先のあたりに多くみられます。
その他、下肢の疼痛や腰痛などが生じることもあります。疼痛は、肛門周囲や会陰部などにも出現します。特に成人期に問題となることが多い印象があります。
症状は、いったん出現すると基本的に徐々に進行性の経過を辿ります。
診断は?
診断のきっかけとしては、上述のような腰背部の皮膚異常、小児外科での消化器系の奇形の精査の過程で見つかる場合、排尿障害や下肢痛を契機に見つかる場合などがあります。
診断にはMRIが有用です。特に、CISS画像は脊髄と脂肪、神経組織の細かい走行まで把握することが出来て、上記分類や術前の戦略を立てるうえでも有用です。
MRIでは、脊髄円錐(脊髄の一番先の部分)が健常人と比較して低いかどうか(係留があるかどうか)、そして係留の原因となっている異常はあるかを調べます。脊髄円錐のレベルは、正常では第2/3腰椎の間より頭側にあります。第3腰椎から足側にある場合には、低位円錐と呼ばれ、脊髄係留が疑われます。
係留の原因となっている異常は、脊髄脂肪腫においては硬膜内に入り込んだ脂肪腫になりますので、特にT1強調画像で脂肪が入り込んでいないかどうかを確認します。
一方、CTは骨の情報に優れているため、二分脊椎の有無やそのレベルの判断にも有用で、術前には欠かせない検査です。
二分脊椎(矢印)
脊髄脂肪腫は、Chapmannという外国人医師の分類により、dorsal type(脂肪腫が脊髄の主に後ろ側に付着)、caudal type(脂肪腫が脊髄の尾側端に付着)、transitional type(両者の混合型)の3つの型に分けられます。その他、複雑なlipomyelomeningoceleと呼ばれるものもあります。前述のfilar typeと合わせて5タイプに分類されます。
脊髄脂肪腫(黄矢印) 終糸脂肪腫(黄矢印)
泌尿器科では、膀胱の形の検査で尿の膀胱からの逆流を調べる検査や、尿流動態検査(urodynamic study)を行います。後者は乳幼児で検査に対する理解が取れない場合には検査自体が容易ではありません。
治療は?
脊髄脂肪腫に対する治療の中心は手術です。
脊髄脂肪腫は、ただの脂肪なので摘出する必要はありません。
但し、本来であれば脊髄は成長とともに頭側へ少しずつ移動して上がっていくのですが、脊髄脂肪腫の患者さんでは脂肪腫により皮下につなぎ留められて脊髄が上昇できません。それで、成長とともに徐々に引っ張られるようになり、神経症状を呈するようになります。
手術では、皮下組織に繋ぎ留められた脊髄を皮下組織から切り離すこと(係留解除術)が主な目的です。脂肪については、その容量を減らすために可及的に摘出することはあっても、必ずしも全て取り除く必要はありません。
治療に関しては、無症状の患者さんには放置して置いた場合に将来症状が出てくるのを未然に食い止めるため、予防的な係留解除術を、症状が出ている患者さんに対しては進行を食い止めるための係留解除術を行うことになります。なお、係留解除術を行っても、痛み以外の症状については基本的に改善しません。ですので、係留解除術の目的は飽くまで進行予防です。
基本的には、終糸脂肪腫のようにシンプルなタイプでは症候性になることは比較的少ないのですが、手術そのものは比較的容易で、合併症も少ないです。一方で、transitional typeやlipomyelomeningoceleのように脂肪が複雑に脊髄と広く付着しているタイプでは、症候性になりやすいのですが、手術の難易度も高くなってしまいます。
無症状の患者さんに対する予防的な手術に関して、その適応については慎重に検討しなければなりません。脂肪腫を放置しておいても症状が一生起こらないのであれば、手術を受ける必要はありません。一方、症状が起こる可能性があれば、その可能性と手術で合併症(神経症状)が生じる可能性とを天秤にかけることが重要です。
一方、症候性になった場合には、可及的早期に手術を受けるのが望ましいと考えます。症状が進行してしまってから手術を行っても、症状が顕著に回復することがないからです。
手術の主な危険性
手術の主な危険性としては、以下のようなものがあります。
神経症状の悪化:手術で神経を傷つけると、神経症状が悪化することがあります。特に、便秘や尿閉が起こります。下肢の運動機能や感覚機能が悪化する可能性もあります。
髄液漏、皮膚縫合不全:硬膜の閉鎖の仕方が甘いと、皮下に脳脊髄液が漏れ出す可能性があります。これは、頭痛などの原因になります。また、極端な場合には皮膚の外に漏れ出し、皮膚の縫合がうまくいかないばかりか、髄膜炎を生じる原因ともなりえます。
髄膜炎・膿瘍形成:局所に細菌が入った場合です。抗生物質で予防します。
局所の出血:あまり問題になることはありませんが、硬膜下血腫や硬膜外血腫の可能性は挙げておかなければなりません。
再係留:手術で係留解除を行った場合でも、一般的に約10%の症例で数年後に脊髄の再係留が生じるとされています。症候性の再係留が生じた場合には再手術を検討せねばならなくなります。