認知症を遠ざける処方箋:2024年最新LANCET報告が明かす「14のリスク」への挑戦
- 2026年1月4日
~人生の全段階で取り組む、脳の健康を守るための完全ガイド~
1. はじめに:「予防」こそが最強の治療である
日本人の平均寿命は年々延び、いまや「人生100年時代」とも言われるようになりました。その一方で、認知症の方の数も増え続けており、誰にとっても決して他人事ではない時代を迎えています。
当クリニックにも、
「最近もの忘れが増えてきた気がする」
「自分が認知症ではないか心配だ」
「家族の様子が以前と少し違うように感じる」
といった不安を抱えて受診される方が多くいらっしゃいます。
こうした不安に対して、近年、医学的に大きな指針となっているのが、国際的に権威のある医学誌『The Lancet(ランセット)』に発表された、専門家委員会(Lancet Commission)による報告です。
Livingston先生らは、2024年に発表した最新の報告書「認知症の予防、介入、ケア」の中で、認知症には“修正可能(=努力や工夫で減らせる)な14のリスク因子が存在することを明らかにしました。これらに取り組むことで、認知症の発症や進行を大きく遅らせられる可能性があることを示しています。
認知症は、長い間「年を重ねれば誰にでも起こりうる、避けられない病気」と考えられてきました。しかし近年、その認識は大きく変わりつつあります。最新の研究により、認知症は“何もできない病気”ではなく、日々の生活や健康管理の積み重ねによって、発症のリスクを下げたり、進行を遅らせたりできる可能性があることが、科学的に示されてきました。
この報告書は、神経内科、老年医学、公衆衛生などの分野で世界を代表する専門家たちが集い、これまでに蓄積された膨大な研究成果を丁寧に統合した、非常に信頼性の高い内容です。Lancet委員会が示した最も重要なメッセージは、次の考え方に集約されます。
「認知症は、避けられない運命ではない。人生を通じた選択によって、そのリスクを下げることができる。」
実際に報告書では、私たち自身が見直すことのできる生活習慣や健康状態、生活環境などに目を向けることで、認知症の発症は理論上、最大で約45%予防、あるいは発症時期を遅らせることができる可能性があると示されています。これは、認知症のほぼ半分が、日常生活の工夫、適切な医療的介入、社会との関わり方によって影響を受けうることを意味しています。
重要なのは、年齢や遺伝といった「変えることのできない要因」だけが、認知症のすべてを決めているわけではないという点です。脳の健康を守る行動に、「早すぎる」ことも「遅すぎる」こともないと、Lancet委員会は強調しています。本コラムでは、これら14のリスク因子を柱として、日常生活の中で実践できる具体的なポイントを詳しく解説していきます。
2. 人生を3段階に分けて考える:脳を守る14のリスク因子
報告書では、胎児期から晩年までの「ライフコース(人生の過程)」に沿って、いつ、どのリスクに注意すべきかを明確に示しています。
【第一段階:若年期(~20歳頃まで)】
脳の基盤(認知予備能)を築く最も重要な時期です。
1. 教育の不足(リスク寄与度:5%)
幼少期から青年期にかけて質の高い教育を受けることは、脳のネットワークを密にし、将来的に脳の一部がダメージを受けても機能が維持される「脳の蓄え(認知予備能)」を作ります。この時期の知的活動が、一生涯の脳の耐久力を決定づけます。
【第二段階:中年期(40歳~65歳頃)】
「将来の認知症」の芽を摘むための黄金期です。ここで、2024年の報告書で追加された「高LDLコレステロール」を含む大きなリスクが並びます。
2. 難聴(約7%):中年期における最大級のリスク因子
Lancet報告で特に強調されているのが「中年期の難聴」です。これは14のリスク因子の中で、単独では最大の影響を持つ要因とされています。音が聞こえにくくなると、会話や環境からの刺激が減り、脳の働きが低下しやすくなります。さらに、聞こえにくさは人との交流を避ける原因となり、社会的孤立や抑うつを通じて間接的にリスクを高めます。
対策: 「聞こえにくい状態を放置しない」ことが重要です。早期に補聴器などの適切な支援を受けることが、認知機能低下の予防につながります。補聴器は「最後の手段」ではなく、「脳を守るための医療機器」です。
3. 高LDL(悪玉)コレステロール(約7%)【2024年 新規追加】
2024年の報告で新たに加えられた重要な因子です。悪玉コレステロールが高いと動脈硬化が進行し、脳の血管が傷つきます。血流が慢性的に低下すると、脳細胞が栄養不足に陥り、アルツハイマー病のリスクが高まります。近年の研究では、脂質異常症がアミロイドβの蓄積にも関連する可能性が示唆されています。
対策: 40歳以降はLDLコレステロールを適切に管理しましょう。食事・運動に加え、必要に応じた薬物療法は脳の健康を守る強力な手段です。
4. 高血圧(約2%):脳の老化を防ぐ血圧管理
中年期の高血圧は、脳の細い血管に長年負担をかけ、微小出血や白質病変(脳のサビのようなもの)を進めます。
対策: 報告書では、収縮期血圧(上の血圧)を130mmHg未満に保つことが望ましいとされています。自覚症状が乏しいため、定期的な測定が不可欠です。
5. 肥満(約1%):慢性炎症の抑制
特に内臓脂肪型肥満は、体内で慢性的な炎症を引き起こします。この炎症は血管や代謝に悪影響を及ぼし、脳の健康を損なう一因となります。また、肥満は高血圧や糖尿病の「起点」にもなります。
6. 糖尿病(約2%):脳細胞と血管を傷つける高血糖
糖尿病は血管性認知症のリスクを大きく高めます。また、インスリン抵抗性がアルツハイマー病の病態に関与することも指摘されており、「脳の糖尿病」と呼ばれることもあります。血糖値を適切に保つことは、将来の知能を守ることに直結します。
7. 過度の飲酒(約1%)
目安として、週に英国基準で21ユニット(日本でのビール大瓶約7〜10本相当)を超える飲酒は有害です。脳細胞への直接的な毒性に加え、栄養障害や転倒リスクを高めます。
8. 頭部外傷(約3%):防げる脳へのダメージ
交通事故や転倒、スポーツによる頭部への衝撃は将来のリスクを高めます。ヘルメットの着用や、高齢者であれば転倒予防など、日常生活の安全対策も立派な認知症予防です。
【第三段階:高年期(65歳以降)】
発症を目前に控え、進行を最小限に食い止める「粘り」の時期です。新リスクとして「視力低下」が加わりました。
9. 視力低下(2%)【2024年 新規追加】
目が見えにくいと、読書や外出、人との交流が減り、脳への刺激が激減します。
対策: 白内障の手術や適切な眼鏡の使用を「歳のせい」と諦めずに行うことで、脳の若さを保つことができます。
10. 喫煙(2%)
禁煙は何歳から始めても有効です。タバコをやめることで脳への血流が改善し、リスクを非喫煙者のレベルにまで近づけることが可能です。
11. うつ(3%)
うつ病は認知症の「前兆」であると同時に「誘因」でもあります。心の健康を保ち、必要であれば専門的な治療を受けることが、脳の保護に繋がります。
12. 社会的孤立(5%):脳にとって最大の敵
誰とも話さない日々は脳を急速に衰えさせます。趣味の集まりや地域活動、日々の家族との会話は、脳を活性化させる最高のサプリメントです。
13. 身体的不活動(2%)
運動不足は生活習慣病を悪化させ、脳の萎縮を早めます。激しい運動でなくとも、週数回のウォーキングが脳の血流を維持します。
14. 大気汚染(2%)
排気ガスや微小粒子状物質(PM2.5)などが脳の炎症に関わっています。住環境の整備や、汚染のひどい場所を避ける工夫も有効です。
3. MCI(軽度認知障害)から「回復・維持」するために
MCIの方は、いわば「認知症の入り口」に立っていますが、そこから健康な状態に戻ったり、進行を数年遅らせたりすることは十分に可能です。報告書の内容を踏まえ、今日から実践したい3つの指針を紹介します。
① 「五感」の刺激を最大化する
脳に入ってくる情報の入り口である「耳(聴力)」と「目(視力)」を徹底的にメンテナンスしてください。「テレビの音が大きい」「新聞が読みにくい」のは老化のサインではなく、脳を守るための「黄色信号」です。早めに専門医(耳鼻科・眼科)を受診しましょう。
② 「血管の健康」を徹底管理する
脳は血管の塊です。食事では塩分を控え(血圧)、飽和脂肪酸を抑え(コレステロール)、糖質をコントロール(糖尿病)してください。血管を守ることは、脳卒中だけでなく、アルツハイマー病の予防に直結します。
③ 「孤立」せず、脳に汗をかく
一人の時間を減らし、他者と交流しましょう。また、「昨日と違う道を通る」「新しい料理に挑戦する」といった小さな知的刺激の積み重ねが、脳の予備力(認知予備能)を確実に高めます。
4. おわりに:あなたの脳には「予備の力」がある
認知症の発症には、脳内のタンパク質(アミロイドβやタウ)の蓄積が関わっています。しかし、驚くべきことに、解剖すると脳が病変でボロボロであっても、生前は全く認知症の症状がなかった人々がいます。
彼らは豊かな知的好奇心、良好な人間関係、そして健康な血管を保つことで、脳のダメージを補う「認知予備能」という力を持っていました。2024年のランセット報告が教えてくれるのは、「正しい知識を持ち、14のリスクを一つずつ潰していくことで、たとえ病変が始まっていても、自分らしく生きる時間を引き延ばせる」という確かな希望です。
今この瞬間から、まずは「血圧を測る」こと、「運動に出かける」こと、「加工食品や甘いもの、飲酒を控える」こと、「健康診断に行く」ことから始めてみませんか。それは、数年後のあなたと、あなたを支える家族への最高の贈り物になるはずです。
出典: Livingston G, et al. “Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission.” Lancet 2024; 404: 572-628.


