不眠症と対策
- 2023年1月1日
不眠症の実情
日本の成人を対象とした調査では、5人に1人が十分な睡眠が取れていないと感じているという結果があります。また、高齢者では更に多く、3人に1人に睡眠に関する悩みがあるそうです。
日本人の平均睡眠時間は、7時間前後という報告が多いようです。これは、世界的にも短い方です。韓国や中国なども含め、東アジアの人の睡眠時間は短い傾向にあります。
多くの人にとって最適な睡眠時間は7~8時間程度であり、6時間未満もしくは9時間以上は脳や健康に悪影響があると考えられます。
睡眠の質が悪い生活を続けると、日中の脳の活動に悪影響があるだけではなく、長期的にはうつ病、高血圧、耐糖能異常、脂質異常症、認知症などの一因になる可能性が指摘されています。
なお、不眠症に対する治療に取り組む前に、うつ、睡眠時無呼吸症候群、むずむず脚症候群、レム睡眠行動障害、夜間頻尿などの病気がないことを確認すべきです。
もし、これらの病気がない場合には、睡眠衛生の改善、そして必要に応じて内服治療を検討します。
睡眠と関係する日常生活習慣
ストレスを減らす
ストレスは、不眠と深いかかわりがあります。ストレスの最たるものが、適応障害やうつ病です。
こうした病気があると睡眠障害の原因となります。こうした病気に至っていなくても、日常生活のストレスや考え事を寝室に持ち込むと、寝つきが悪くなるだけではなく、中途覚醒の原因となります。
ストレスは、睡眠の最大の敵と言っても過言ではありません。少なくとも夜寝る前だけは、日常の悩みを忘れるようにしましょう。
生活習慣の見直し
朝の習慣
朝の習慣は、睡眠習慣と深いかかわりがあります。
体内に存在するメラトニンという物質は、睡眠に深く関わっています。起床後14時間以上して、日が暮れて暗くなってきてから分泌が始まります。例えば、7時に起床すると21時以降から分泌が始まることになります。メラトニンがたくさん出るほど睡眠の質が良くなるので、メラトニンを多く出すような生活を心がけましょう。
メラトニンの材料となるのが、セロトニンです。セロトニンは、リズム運動や、日光浴などにより増加すると言われます。リズム運動には、ウォーキング、ジョギング、サイクリング、ダンス、筋トレ(スクワットや腹筋など)などがあります。15分程度の朝散歩を習慣的に行うことで、日光浴とリズム運動を同時に行えるため、お勧めです。
なお、セロトニンは、”幸せホルモン”とも呼ばれ、心のバランスを整えてくれるありがたいホルモンです。
起床時間を規則正しくすることで、ホルモンの規則正しい分泌が促進され、概日リズムが整う結果、夜に自然な眠気が誘発されやすくなります。
日中の睡眠習慣
運動
運動は、セロトニンの分泌を促進するほか、生活習慣病や認知症の予防にも繋がるよい習慣です。1日に40分から1時間程度の運動を心掛けましょう。
主に、ウォーキングやジョギング、スイミング、ダンスなどの有酸素運動を中心に、多少の筋力トレーニングを取り入れましょう。ジムやフィットネスクラブを利用した運動もお勧めです。
昼寝
昼寝については賛否両論ですが、15分程度の昼寝は、日中の作業効率の改善にもつながりますので、個人的にはお勧めです。
昼寝を大目に取りたい場合にも、30~60分以内に留めましょう。
また、昼寝は15時頃までにして、あまり遅い時間になるのは避けてください。
昼寝の前にカフェインを摂ると、寝起きのぼんやり感を減らせる場合があるようです。
食事・サプリ・嗜好品
食事と睡眠について、いろいろと言われることはありますが、食習慣が即座に睡眠を改善するほどの大きな影響はないと思われます。敢えて挙げるなら、トリプトファンやGABAなどを多く摂るといいと言われます。
トリプトファンは必須アミノ酸の一つで、セロトニンの材料になります。牛乳、乳製品(バター、チーズ、ヨーグルトなど)、大豆製品、肉類、魚介類、バナナ、アボガドなどに多く含まれます。
GABAには精神の興奮を抑え、心身をリラックスさせる働きがあると言われます。発酵食品、キノコ類、雑穀類などに含まれます。
飲酒により、眠りの質を悪くなり、途中で目が覚めやすくなります。少量の飲酒は寝つきをよくする可能性がありますが、寝酒、深酒はお勧めできません。
カフェインは、睡眠に対して悪影響を及ぼします。夕暮れ後にカフェインを摂取すると、睡眠の質が悪くなる可能性があります。カフェインは、コーヒーや緑茶・紅茶のほか、栄養ドリンクやココアなどにも含まれます。
ニコチン(タバコ)の睡眠に対する作用は単純ではありませんが、タバコはニコチン性アセチルコリン受容体に作用することにより、覚醒作用を有します。喫煙者の方も、寝る2時間前からはタバコを吸わないようにしましょう。
寝る前の睡眠習慣
入浴については、就寝の1時間半前(1~2時間前)にぬるめの湯にやや長めに入り、体を温めるといいと言われています。
寝る前に気分をリラックスさせることは、ストレス排除の観点からも、とても重要です。夜に考え事をするのは好ましくありません。寝る時間が近づいてきたら、日中の考え事は頭の中から排除しましょう。
寝る前の時間の照明は、優しい暖色系の明かりにして、できるだけ明かりを暗くましょう。スマホやパソコンなどのブルーライトは、睡眠に必要なメラトニンの分泌に悪影響を及ぼすので、避けるようにしましょう。
匂いとしては、好みの匂いを選ぶと、睡眠に就きやすくなる可能性があります。人によりますが、ラベンダーの香りなどが好まれます。
寝るところと活動するところを分けること、寝るときの服装と活動するときの服装を分けることも大切だと言われています。ベッドや寝室でだらだらと過ごしたり、寝るときと同じ服装で一日過ごすのは避けた方がいいようです。同様に眠れないときには寝床から離れた方がいいとも言われています。
寝室の環境
布団、枕などの寝具を自分に合ったものにすると、眠りの質が向上する可能性があります。
枕:仰向けに寝る方は、枕が高すぎないか確認するとよいでしょう。横向けに寝る場合には、枕にはある程度の高さがあった方がいいです。最近では、高さを調節できる枕もあります。タオルやバスタオルなどを折りたたんで、自分の好みの高さを確認してみるとよいでしょう。
マットレス・布団:硬すぎると心地よさが減る一方、柔らかすぎると腰や背中を痛め、よくありません。
自分に合った枕、マットレスを探しましょう。
寝室の明かりについては、真っ暗な方が寝やすい人と、少し明かりがある方が寝やすい人とがいますので、個人の好みに合わせて調整しましょう。
音については、静かな方が眠れるものですが、ラジオなどの音を聞いているうちに自然と眠りに落ちやすくなるかもしれません。この場合、途中で音により目が覚めるかもしれないので、タイマーをセットするとよいでしょう。
寝るときに、今日あった辛いことや、将来の心配事が頭から離れなかったりすると、眠れなくなりがちです。考えを逸らしましょう。寝る前には、このようなことを忘れた方が眠りにつきやすいものです。そんな時には、上述のラジオや、他にはYouTube、Amazon audibleなどを聴きながら眠ると余計な心配事を忘れられるので、個人的にはお勧めです。この場合にも、時間を区切って使うようにしましょう。
もしこれで眠れるようなら、途中で目が覚めた時に眠れなくなりそうな場合にも使えます。
因みにこれって、小さな子供を寝かせつけるときに、読み聞かせをすると眠るのと似ていますよね。
睡眠導入剤について
① ベンゾジアゼピン系睡眠導入剤
古くから頻用されている睡眠導入剤です。
眠らせる効果は、殆どの人に対して十分な効果が期待できますが、依存性や耐性があり、癖になる、薬がないと眠れなくなるという問題もあります。
その他、ふらつき、記憶障害、認知機能低下(高齢者)などがあります。記憶障害は、特に超短時間作用型の薬を大量に、しかもアルコールと併用したときに生じやすいとされます。
医師として、ベンゾジアゼピン系導入剤を常用するのはお勧めできませんし、後述のオレキシン系睡眠導入剤を優先して検討すべきです。ただ、オレキシン系導入剤が効かない方でも効きやすいため、ケースバイケースで柔軟に検討します。また、頓用(眠れない時のみ使用)で用いることをお勧めします。
ベンゾジアゼピン系睡眠導入剤は、作用発現時間により、数種類に分けられます。超短時間作用型のうち、ゾルピデム、エスゾピクロン、ゾピクロンの3つはここに含めていますが、非ベンゾジアゼピン系とも言われます。
ベンゾジアゼピン系導入剤の多くは、ベンゾジアゼピン受容体のうちω1とω2両方に作用するのに対し、非ベンゾジアゼピン系ではω1の受容体のみに選択的に作用します。
ω1は催眠効果に関わる一方、ω2は抗不安や筋肉を緩める作用に関わります。非ベンゾジアゼピン系導入剤は催眠作用のみを有する一方、その他の薬には抗不安作用や筋弛緩作用もあります。
超短時間作用型:ゾルピデム(マイスリー)、エスゾピクロン(ルネスタ)、ゾピクロン(アモバン)、トリアゾラム(ハルシオン)
主に寝つきをよくするために用います。入眠障害に向いている一方、中途覚醒のある方には効果が十分でないかもしれません。
前述のようにゾルピデム、エスゾピクロン、ゾピクロンは非ベンゾジアゼピン系とされます。トリアゾラムは、短時間作用型としては効果の強い薬です。
短時間作用型:ブロチゾラム(レンドルミン)、エチゾラム(デパス)、ロルメタゼパム(エパミール)、塩酸リルマザポン(リスミー)など
入眠障害に加え、中途覚醒のある方に用います。比較的効果の強いブロチゾラムやエチゾラムが用いられる傾向にあります。
中時間作用型:フルニトラゼパム(サイレース)、ニトラゼパム(ベンザリン/ネルボン)、エスタゾラム(ユーロジン)など
早朝覚醒の方のうち、短時間作用型では不十分な場合に用いています。
なお、フルニトラゼパムは、中時間作用型とされていますが、短時間作用型に比較的近いものです。
長時間作用型:クアゼパム(ドラール)、フルラゼパム(ダルメート)、ハロキサゾラム(ソメリン)など
長時間作用型は、通常の方に用いられることは殆どありません。重度の不眠症の方に用いることがあります。
② オレキシン系睡眠導入剤
2014年より本邦にも導入された、比較的新しい機序の薬です。
脳の覚醒を促進する「オレキシン受容体」に結合し、その作用を阻害することにより、脳を睡眠状態に導く薬です。
現時点では、レンボキサント(デエビゴ)とスポレキサント(ベルソムラ)の2種類があります。
前者の方が、服用から効果発現までの時間が短く、効果持続時間も短いので、入眠障害には用いやすいものです。
後者は、服用から効果発現までの時間が長く、また効果持続時間も長いため、早朝覚醒の人には向いていますが、朝に残る可能性もあります。
オレキシン系の薬剤では、耐性がつきにくく、依存しにくいと言われています。実際、暫く服用しているうちに「眠れるようになりました」と、止められる患者さんも少なくありません。このため、睡眠導入剤の使用に際して、最初に使用を考慮してもいい薬と考えます。
一方、夢(特に悪夢)を見るようになる人や、朝に薬が残る人、頭痛を感じる人もいます。
③ メラトニン作動薬
視床下部視交叉上核に存在するメラトニン受容体(MT1/MT2受容体)に選択的に作用することで、睡眠誘発作用を示します。
ラメルテオン(ロゼレム)は、概日リズム障害に用いることが多く、あまり年齢を選ぶ必要はなく、幅広い世代に用いやすい薬です。
直接的な睡眠導入作用ではないため、効果に個人差があり、また飲んでその日から効果が出るわけでもありません。
なお、食後に服用すると血中濃度が上がりにくくなるため、効果が出にくくなる可能性がありあす。
※ アメリカでは、メラトニンそのものがサプリメントとして販売されていますが、我が国では販売が許可されていません。
④ その他
入眠の質を改善する可能性がある薬として、抗うつ薬(ミルタザピン、ミアンセリン、トラゾドンなど)、向精神薬(クエチアピン、レボメプロマジンなど)、漢方薬(酸棗仁湯、抑肝散、帰脾湯、加味帰脾湯、柴胡桂枝乾姜湯、半夏厚朴湯、柴胡加竜骨牡蠣湯、三黄瀉心湯など)、抗ヒスタミン薬などがあります。
抗うつ薬は、うつ傾向のある方に用いたり、一部のものは、高齢者に用いたりすることがあります。
向精神薬は、精神疾患の方や、認知症で精神症状の出ている方などに用いられます。
漢方薬の使用にあたっては、漫然と選択するのではなく、その方の体質に即した薬を選ぶ必要があります。
抗ヒスタミン薬は、もともとは抗アレルギー薬として使用されます。副作用に眠気があり、薬局で市販されている不眠症治療薬の主成分として用いられることがあります。医療機関で睡眠改善を主な目的として利用されることはあまりないと思われます。
なお、こちらに列挙した薬については、全てに保険適応があるわけではありませんので、ご了承ください。
ベンゾジアゼピン系とオレキシン系の違い
ベンゾジアゼピン系 | オレキシン系 | |
本邦での発売 | 古くからある | 2014年以降 |
種類 | 〇多数ある | △2種類のみ |
作用機序 | ベンゾジアゼピン受容体 | オレキシン受容体 |
作用 | 眠気を催す | 覚醒度を落とす |
効果 | 〇弱い~強い | △強くない(人による) |
依存性・耐性 | ×ある | 〇極めて少ない |
その他の副作用 | △ふらつき・眠気・記憶障害・認知障害など | △悪夢・眠気・頭痛など |
推奨度 | △ | 〇 |