世界脳卒中デー 10月29日にちなんで、脳卒中に関するトリビア
- 2026年10月25日
【10月29日は世界脳卒中デー】医師が教える「驚きの脳卒中トリビア」
~自分の手が他人の手になる? 目が見えないのに見えている? 脳の神秘と歴史を変えた病気の意外な真実~
10月29日は「世界脳卒中デー」です。
皆さんは「脳卒中」と聞いて、どんな病気を想像するでしょうか。
突然倒れる、手足が動かなくなる、言葉が出なくなる……。そんな恐ろしい病気というイメージが強いと思います。
ところが、脳卒中には、私たち医師でさえ「人間の脳はなんと不思議なのだろう!」と驚かされるような症状やエピソードが数多く存在します。
自分で書いた文字なのに自分で読めない。麻痺した自分の手を「先生の手です」と言う。目が見えないのに「見えています」と言い張る。言葉は話せないのに歌なら歌える……。
まるでSF小説のようですが、いずれも実際の医学で知られている現象です。
そして、脳卒中は人類の歴史を変え、芸術家の作品を変え、動物の驚くべき生命力を研究するきっかけにもなってきました。
今回は世界脳卒中デーにちなみ、脳と血管にまつわる「へぇ~!」「そんなことがあるの!?」という驚きのトリビアを、たっぷりご紹介します。
第1章 まずは数字で驚く! 脳卒中の知られざる真実
① 脳梗塞では、1分間に190万個の神経細胞が失われる!?
脳梗塞は時間との闘いです。
大きな脳梗塞が治療されずに進行すると、1分間に約190万個の神経細胞と約138億個のシナプス(神経細胞同士のつながり)が失われるという有名な推計があります。
1時間では約1億1,400万個の神経細胞に相当します。
もちろん、実際の障害の進み方は血管の詰まった場所や血流の状態によって異なりますが、脳卒中治療で「Time is Brain(時は脳なり)」と言われる理由が分かります。
② 脳卒中は、一生のうちに4人に1人が経験する!?
世界的な疫学研究では、25歳以上の成人のおよそ4人に1人が、生涯に脳卒中を経験すると推計されています。
決して高齢者だけの病気でも、特別な人だけの病気でもありません。
しかも脳卒中は、血管が詰まる「脳梗塞」、脳内の血管が破れる「脳出血」、脳の表面を覆う膜の間に出血する「くも膜下出血」などの総称です。
③ 「脳卒中」という言葉には、洋の東西を超えた共通点がある!?
日本語の「卒中」は、突然何かに襲われるという意味を持ちます。
英語の「Stroke」は「一撃」、古代ギリシャ語に由来する「Apoplexy」も、突然打ち倒されるような状態を表す言葉です。
医学が発達するはるか以前から、人類は脳卒中を「突然襲ってくる見えない一撃」として恐れていたのです。
第2章 脳はこんなに不思議! 信じられない脳卒中の症状
脳は単なる巨大なコンピューターではありません。見る、聞く、話す、考える、記憶する、体を動かす、自分自身を認識するなど、無数の働きが複雑なネットワークによって支えられています。
その一部が脳卒中で障害されると、驚くほど奇妙な現象が現れることがあります。
④ 左半身が麻痺しているのに「普通に動きます」と答える!?
右脳の脳卒中によって左半身が動かなくなった患者さんに、
「左手を上げてください」
とお願いしても、手は動きません。
ところが、
「左手は動いていますか?」
と尋ねると、
「はい、普通に動いていますよ」
と答えることがあります。
これは「病態失認」と呼ばれる症状です。
本人が強がっているわけでも、病気を隠しているわけでもありません。脳の障害によって、自分に麻痺があるという事実そのものを認識できなくなっているのです。
脳卒中では「本人が大丈夫と言っているから大丈夫」とは限らない、という重要な教訓でもあります。
⑤ 自分の左手を「これは先生の手でしょう」と言う!?
さらに奇妙な現象があります。
医師が麻痺した患者さんの左手を指して、
「これは誰の手ですか?」
と尋ねると、
「私の手ではありません」
「では、誰の手ですか?」
「先生の手でしょう」
と答えることがあります。
これは「身体パラフレニア」と呼ばれる珍しい症状です。
私たちは自分の手足を当然のように「自分の体」と感じていますが、その感覚さえも脳の働きによって作られているのです。
⑥ 自分で書いた文字なのに、自分で読めない!?
紙に「今日は晴れです」と書いてもらいます。
文字はきちんと書けました。
ところが、直後に「今書いた文章を読んでください」とお願いすると、
「……読めません」
ということがあります。
これは「純粋失読」と呼ばれます。
文字を書く能力は保たれているのに、文字を見て言葉として認識する経路が障害されているのです。
普段は何気なく行っている「読む」と「書く」が、実は異なる脳の仕組みに支えられていることを教えてくれます。
⑦ 目が見えないのに「見えています」と言い張る!?
脳の後頭葉にある視覚を担当する領域が両側とも障害されると、眼球自体に大きな異常がなくても、目が見えなくなることがあります。
ところが、患者さんの中には「私は見えています」と主張する方がいます。
壁にぶつかっても「部屋が暗いから」、目の前の物を尋ねられると、実際には見えていないのに、もっともらしい説明をしてしまうことさえあります。
これは「アントン症候群」と呼ばれる現象です。
脳は視覚情報を失っただけでなく、「自分が見えていない」という事実を認識する能力まで失っているのです。
⑧ 家族の顔が分からない。でも声を聞けば分かる!?
目は見えているのに、家族の顔を見ても誰なのか分からない。
しかし、声を聞いた途端に「あ、お母さんだ!」と分かる。
これは「相貌失認」と呼ばれる症状です。
脳には、人間の顔を識別するために重要なネットワークがあります。顔を見ていることと、それが誰の顔なのかを理解することは、同じではないのです。
⑨ 世界から「色」だけが消える!? 動く車がコマ送りに見える!?
脳卒中によって色の認識に関係する領域が障害されると、世界が突然白黒になったように感じられることがあります。
これは「大脳性色覚異常」です。
さらに珍しいのが「運動盲」です。
動いている車や人が滑らかに移動して見えず、まるでコマ送りの映像のように、位置が飛び飛びに変わって見えることがあります。
色、形、動き……。私たちが一つの映像として見ている世界は、実は脳内で別々に処理された情報を統合したものなのです。
⑩ 自分の左半分の世界が消えてしまう!?
右脳の脳卒中によって、左側の空間に注意を向けられなくなる「半側空間無視」が起こることがあります。
食事ではお皿の右半分だけを食べ、左側の料理を残してしまう。顔の右半分だけ化粧をする。時計を描いてもらうと、数字を右半分に詰め込んでしまう。
目が見えないわけではありません。
脳が左側の空間に注意を向けられないのです。
しかも本人には、それが不自然に感じられないこともあります。
⑪ 突然「1+1」ができない!? 右と左も分からない!?
脳卒中によって計算ができなくなる「失算」、右と左が分からなくなる「左右失認」、自分の指を識別できなくなる「手指失認」などが起こることがあります。
これらに文字を書く能力の障害が加わった組み合わせは「ゲルストマン症候群」として知られています。
知能全体が低下したわけではなく、特定の認知機能が選択的に障害されるのです。
⑫ 突然、外国人のようなアクセントになる!?
脳卒中後、母国語を話しているのに、外国人のような発音やイントネーションに変わってしまうことがあります。
「外国語様アクセント症候群」という非常に珍しい現象です。
もちろん、突然外国語を習得したわけではありません。
発音のタイミング、音の長さ、アクセントなどを調節する仕組みが変化し、周囲には外国語訛りのように聞こえるのです。
⑬ 言葉は話せないのに、歌なら歌える!?
脳卒中で会話が難しくなった患者さんでも、昔から知っている歌なら歌えることがあります。
話すことと歌うことでは、関与する脳のネットワークが完全には同じではないためです。
この特徴を利用した「メロディック・イントネーション療法」というリハビリテーションも存在します。
音楽が言葉を取り戻す手助けになることがあるのです。
⑭ 自分の手が勝手に動き出す!?
右手で服のボタンを留めているのに、左手が勝手に外してしまう。
本人が動かそうと思っていないのに、手が物をつかんだり、目的に反するような動きをしたりすることがあります。
「エイリアンハンド症候群(他人の手症候群)」と呼ばれる現象です。
まるで自分の手に別の意思が宿っているかのようですが、脳の運動制御ネットワークの障害によって生じます。
⑮ 悲しくないのに泣く。楽しくないのに笑う!?
脳卒中後、ちょっとした刺激で突然泣き出したり、笑いが止まらなくなったりすることがあります。
「情動失禁」などと呼ばれる症状です。
本人が本当に悲しい、あるいは楽しいとは限りません。感情の表出を調節する脳の働きが障害されることで起こります。
脳卒中は運動能力だけでなく、感情や行動にも影響する病気なのです。
⑯ 麻痺した腕が、あくびの瞬間だけ持ち上がる!?
重い片麻痺があり、普段は腕を動かせない患者さんでも、あくびをした瞬間だけ、麻痺した腕がふわっと持ち上がることがあります。
これは「あくび随伴性上肢運動」と呼ばれます。
自分の意思で腕を動かす神経経路は障害されていても、脳幹などを介する別の神経経路が働いている可能性があります。
私たちの体を動かす仕組みが、一つの経路だけではないことを示す興味深い現象です。
第3章 「えっ、それが脳卒中!?」見逃してはいけない意外な症状
⑰ 脳卒中なのに、頭痛がまったくない!?
脳の病気なのだから、当然頭が痛くなると思っていませんか。
実は、脳の実質そのものには痛みを感じる受容器がほとんどありません。頭痛は主に髄膜や血管など、痛みに敏感な組織から生じます。
そのため、大きな脳梗塞でも頭痛がないことは珍しくありません。
「頭が痛くないから脳卒中ではない」は、大きな間違いなのです。
⑱ 止まらないしゃっくりが脳梗塞の症状!?
脳幹の延髄という部分に脳梗塞が起こると、激しいめまい、飲み込みにくさ、声のかすれ、感覚障害などに加え、何日も続くしゃっくりが現れることがあります。
「ワレンベルグ症候群」などで知られる症状です。
普通のしゃっくりのほとんどは心配ありませんが、突然のめまいや歩行障害、飲み込みにくさなどを伴う場合には注意が必要です。
⑲ 片目だけ突然真っ暗になる!?
網膜に血液を送る動脈が詰まると、片目が突然見えなくなることがあります。
「網膜動脈閉塞」は、いわば「眼の脳卒中」とも呼ばれる緊急性の高い病気です。
また、数分間だけ片目が見えなくなり、その後回復する「一過性黒内障」も重要です。
症状が治まっても、脳梗塞につながる血管の異常が隠れている可能性があります。
⑳ 手足は動くのに、突然記憶だけが失われる!?
海馬や視床など、記憶に関係する場所に脳梗塞が起こると、麻痺がほとんどないのに、突然新しいことを覚えられなくなる場合があります。
また、覚醒に関係する視床などの障害では、異常に眠くなったり、意識の状態が変化したりすることもあります。
脳卒中は必ずしも「手足が動かなくなる病気」ではありません。
㉑ 意識ははっきりしているのに、全身が動かない!?
脳幹の橋という部分が障害されると、意識や思考は保たれているのに、全身が麻痺して話すこともできなくなる場合があります。
「閉じ込め症候群」です。
フランスの雑誌編集者ジャン=ドミニク・ボービーは、脳卒中によってこの状態になりました。
しかし、わずかに動かせる左まぶたを使い、介助者が読み上げる文字を一文字ずつ選ぶことで、『潜水服は蝶の夢を見る』という本を書き上げたのです。
体が動かなくても、思考や感情、伝えたい意思が失われたとは限りません。
人間の脳と意思の力を考えさせられる実話です。
第4章 脳卒中が変えた世界の歴史と芸術
㉒ 世界を動かした3人の指導者が、全員脳卒中で亡くなった!?
1945年、第二次世界大戦後の世界秩序を話し合うため、アメリカのルーズベルト、イギリスのチャーチル、ソ連のスターリンがヤルタ会談に集まりました。
驚くべきことに、この3人はいずれも最終的に脳卒中で亡くなっています。
ルーズベルトは1945年、スターリンは1953年、チャーチルは1965年です。
世界史に巨大な足跡を残した3人に、こんな共通点があったのです。
㉓ 脳卒中が「事実上の女性大統領」を生んだ!?
1919年、アメリカ大統領ウッドロウ・ウィルソンは、在任中に重い脳卒中に倒れました。
その後、妻のイーディスが大統領への面会や書類を管理し、政務に大きな影響力を持つようになります。
後世、彼女が「事実上のアメリカ初の女性大統領」と表現されることがあるのは、このためです。
もちろん正式に大統領になったわけではありませんが、脳卒中が国家の政治体制にまで影響を及ぼした興味深い歴史的事件です。
㉔ 脳卒中によって画家の自画像が変わった!?
ドイツの画家アントン・レーダーシャイトは、脳卒中後に左側の空間を認識しにくくなる「半側空間無視」を経験しました。
その時期の自画像では、顔の左側の表現が乏しくなり、絵の構成にも大きな変化が見られました。
しかし、リハビリテーションと回復の過程で、作品にも変化が現れていきました。
絵画が脳の障害と回復を記録する、貴重な資料となったのです。
㉕ パスツールは脳卒中後も歴史的な研究を続けた!?
狂犬病ワクチンや低温殺菌法で知られるフランスの科学者ルイ・パスツールは、45歳頃に脳卒中を経験し、麻痺が残りました。
しかし、その後も研究を続け、狂犬病ワクチンの開発など、医学史に残る業績を成し遂げています。
脳卒中によって身体機能が障害されても、その人の知性、創造性、可能性がすべて失われるわけではないことを示す人物です。
第5章 人間の脳と血管には、驚くべき仕組みがある!
㉖ 脳には「非常用の迂回道路」が用意されている!?
人間の脳の底には、複数の主要な動脈が輪のようにつながった「ウィリス動脈輪」という構造があります。
これは、いわば血液を送るための迂回道路です。
ある血管が徐々に狭くなっても、別の経路から血液が供給される場合があります。
ただし、この輪の形には個人差があり、すべての血管閉塞を補えるわけではありません。
それでも、脳の血流を守るための巧妙な仕組みの一つです。
㉗ 世界中でそのまま通じる日本語「Moyamoya disease」!?
脳の太い動脈が徐々に狭くなり、その周囲に細い血管の網が発達する病気があります。
血管造影で見ると、煙がもやもやと立ち上るように見えることから、日本の医師によって「もやもや病」と名付けられました。
現在では「Moyamoya disease」という名称が、そのまま国際的な医学用語として使われています。
日本語が世界の医学に定着した、ちょっと誇らしいエピソードです。
㉘ 冬眠するリスは、なぜ脳梗塞にならない!?
ホッキョクジリスなどの冬眠動物は、冬眠中に脳の血流やエネルギー消費を大幅に減少させます。
人間なら深刻な脳障害につながりかねない低血流状態でも、冬眠動物は特殊な代謝調節や神経保護機構によって生き延びることができます。
その仕組みの一つとして研究されているのが「SUMO化」と呼ばれる、タンパク質の働きを調節する仕組みです。
ただし、SUMOが脳細胞を直接コーティングして完全に守るというわけではありません。
こうした冬眠動物の仕組みを解明することで、将来の脳卒中治療につながる可能性が期待されています。
㉙ 脳卒中の原因が、脳ではなく心臓にある!?
心房細動という不整脈では、心臓の中に血の塊(血栓)ができることがあります。
その血栓が血流に乗って脳まで運ばれ、脳の太い動脈を突然塞ぐことがあります。
これが「心原性脳塞栓症」です。
脳の病気なのに、原因は心臓。
脳卒中を予防するには、血圧だけでなく、心臓の状態を知ることも重要なのです。
㉚ 美容院のシャンプーやジェットコースターが関係することも!?
比較的若い人の脳梗塞では、首の動脈の壁が裂ける「頸部動脈解離」が原因となる場合があります。
非常にまれですが、美容院の洗髪台で首を強く反らした後や、ジェットコースターによる急激な首への負荷の後に、脳卒中を発症した症例が報告されています。
ただし、こうした行為が一般的に危険だという意味ではなく、報告例のすべてで因果関係が証明されているわけでもありません。
また、脳卒中は高齢者だけでなく、若者や子ども、さらには出生前後の赤ちゃんにも起こり得る病気です。
最終章 脳の不思議を知った今、覚えてほしいこと
ここまで、さまざまな脳卒中のトリビアをご紹介しました。
脳は、私たちが思っている以上に複雑で、精巧で、不思議な臓器です。
自分の手を自分のものと認識すること。
文字を読み、言葉を話し、音楽を楽しむこと。
色鮮やかな世界を見て、家族の顔を認識すること。
そして、自分自身が病気になったと気づくこと。
こうした当たり前の日常が、脳の無数の神経回路によって支えられています。
脳卒中は、その働きを突然奪ってしまうことがある病気なのです。
しかし、脳卒中は予防できる部分も大きく、発症しても早く治療を受けることで、障害を軽くできる可能性があります。
特に大切なのは、高血圧、糖尿病、脂質異常症、喫煙、心房細動などの危険因子を適切に管理することです。
そして、もう一つ忘れてほしくないことがあります。
「症状が治ったから大丈夫」とは限りません。
突然の麻痺や言葉の障害が数分で消えてしまう「一過性脳虚血発作(TIA)」は、その後の脳梗塞の重要な警告サインとなることがあります。
また、今回ご紹介したように、脳卒中では本人が自分の異常に気づかないことさえあります。
「本人が大丈夫と言っているから大丈夫」とは限らないのです。
脳卒中の早期発見には「BE-FAST」という合言葉が役立ちます。
B:Balance ― 突然のふらつき、バランス障害
E:Eyes ― 突然見えにくくなる、視野が欠ける
F:Face ― 顔の片側がゆがむ
A:Arm ― 片腕に力が入らない
S:Speech ― 言葉が出ない、ろれつが回らない
T:Time ― 一刻も早く119番へ
これらの症状が一つでも突然現れたら、たとえ頭痛がなくても、意識がはっきりしていても、様子を見ずに救急車を呼んでください。
最後に、脳卒中に関する最も大切なトリビアを一つ。
「脳卒中では、失われた時間を取り戻すことはできません。しかし、早く行動することで、守れる脳があります。」
10月29日の世界脳卒中デーをきっかけに、脳の不思議さを楽しみながら、ご自身と大切なご家族の脳の健康について考えていただければ幸いです。


