認知症の方が「実家に帰りたい」と言うのはなぜ?
- 2026年11月3日
認知症の方が「実家に帰りたい」と言うのはなぜ?
~その理由と、ご家族にできること~
認知症の方を介護しているご家族から、「自宅にいるのに、実家に帰りたいと言って困っています」という相談を受けることがあります。
「ここがあなたの家でしょう」と何度説明しても納得してもらえず、「家に帰らなければ」と繰り返し訴え、ときには実際に家を出て行こうとすることもあります。
ご家族にとっては、どうして自分の家がわからなくなってしまったのか、どうすれば納得してもらえるのか、戸惑うことも多いでしょう。何度も同じ説明を繰り返すうちに、つい強い口調になったり、疲れ果ててしまったりすることもあるかもしれません。
実際、認知症の方は、昔の実家が今もどこかにあり、そこに帰れると信じている場合があります。しかし、「実家に帰りたい」という言葉には、記憶の障害だけでは説明できない、もう一つの大切な意味が隠れていることがあります。
それは、懐かしい家族への思いや、かつて安心して暮らしていた時代への憧れです。
なぜ認知症になると、このような気持ちが生まれるのでしょうか。そして、ご家族はどのように接すればよいのでしょうか。
なぜ「実家に帰りたい」と思うのでしょうか?
① 昔の記憶が、今の現実になっていることがある
アルツハイマー型認知症では、最近の出来事を覚えることが難しくなる一方、子どもの頃や若い頃の記憶は比較的保たれやすいという特徴があります。
また、認知症が進行すると、現在の日時や自分がいる場所などを正しく認識する能力が低下することがあります。これを「見当識障害」といいます。
例えば、現在は80歳であっても、自分が若かった頃の生活を、今も続いているかのように感じている場合があります。
何十年も前に実家を離れ、結婚して新しい家庭を築いていても、その後の生活の記憶が曖昧になり、昔の実家こそが自分の帰るべき場所だと感じてしまうことがあるのです。
本人にとっては、実家が今も存在し、そこには父親や母親が暮らしているという認識なのかもしれません。
つまり、周囲から見ると不思議な言動であっても、本人の中では「実家に帰る」という行動に、きちんとした理由があるのです。
② 帰りたいのは「家」ではなく「安心できた時代」なのかもしれない
もう一つ、大切な視点があります。
それは、認知症の方が本当に帰りたいのは、昔の家そのものではなく、かつて家族と安心して暮らしていた、懐かしい時代なのかもしれないということです。
認知症になると、今まで当たり前にできていたことが難しくなり、周囲の話についていけなくなることがあります。ご家族が何気なくかけた言葉も、本人には叱られたり、否定されたりしているように感じられることがあるかもしれません。
ご家族は心配して声をかけているのに、本人は責められているように感じてしまう。そんなすれ違いが、日々の生活の中で生まれることがあります。
そして、本人もまた、思うようにならない毎日の中で、不安や寂しさを抱えているのかもしれません。
そのようなとき、心の中に浮かんでくるのが、父親や母親がいて、兄弟姉妹と過ごした昔の実家なのではないでしょうか。
そこは、今のように何度も間違いを指摘されることもなく、自分が自然体でいられた場所だったのかもしれません。
そう考えると、「実家に帰りたい」という言葉は、単に昔の家を探しているのではなく、「安心したい」「自分をわかってくれる人のそばにいたい」という、切実な気持ちの表れとして理解できるのではないでしょうか。
もちろん、すべての方に当てはまるわけではありません。昔の家事や仕事など、自分が果たしていた役割を思い出し、帰ろうとする場合もあります。
ご家族はどのように対応すればよいのでしょうか?
① 無理に現実を理解させようとしない
「何を言っているの、ここがあなたの家でしょう」
「実家はもうないでしょう」
「お父さんもお母さんも、もう亡くなっているでしょう」
ご家族としては、事実を説明して理解してもらおうとするのは自然なことです。
しかし、認知症の方にとって、その説明を理解し、記憶にとどめることは難しい場合があります。
本人は、昔の実家が今も存在すると信じているのかもしれません。そのため、繰り返し否定されると、「自分の言うことを信じてもらえない」「帰ることを邪魔されている」と感じ、かえって混乱したり、不安や怒りが強まったりすることがあります。
また、親が亡くなったことを伝えられ、初めて聞いたかのように深く悲しむ方もいます。
つまり、正しい事実を伝えることが、必ずしも本人の安心につながるわけではなく、むしろ逆効果になる場合があるのです。
大切なのは、事実を正しく教え込むことよりも、本人がなぜ帰りたいと感じているのか、その気持ちを理解しようとすることです。
② 昔の思い出を一緒に振り返ってみる
「実家に帰りたい」と言われたら、否定する代わりに、昔の実家について尋ねてみてはいかがでしょうか。
- 「どんなお家だったの?」
- 「お父さんやお母さんは、どんな人だったの?」
- 「子どもの頃は、何をして遊んでいたの?」
- 「お母さんの料理で、何が一番好きだった?」
懐かしい思い出を語り始めたら、ゆっくりと耳を傾けてみましょう。昔の写真を一緒に見たり、家族との思い出を共有したりするのもよいでしょう。
これは、認知症ケアで用いられる「回想法」にも通じる関わり方です。
昔の記憶を言葉にし、それを誰かと共有することで、「自分の話を聞いてもらえた」「大切な思い出を分かち合えた」という安心感が生まれることがあります。
また、自分の気持ちを理解してくれる人がそばにいると感じることが、不安や孤独感を和らげるきっかけになるかもしれません。
そして、懐かしい時代の思い出に触れることで気持ちが落ち着き、結果として「今は帰らなくても大丈夫」と納得できる場合もあります。
帰りたい場所へ実際に連れて行くことはできなくても、帰りたい気持ちを受け止め、懐かしい時間を一緒に振り返ることはできるのです。
ただし、思い出話を望まない場合には無理に聞き出さず、本人の反応に合わせることも大切です。
③ それでも家を出ようとするときには
思い出話をしても納得できず、実際に家を出ようとする場合には、無理に引き止めることで、かえって興奮や怒りが強まることがあります。
そのようなときは、安全が確保できる状況であれば、しばらく一緒に歩いてみるのも一つの方法です。
本人の「帰りたい」という気持ちを否定せず、外の空気に触れながら一緒に歩くことで、気持ちが落ち着くことがあります。そして、少し歩いたところで「そろそろお茶でも飲みに戻りましょうか」と声をかけると、自然に帰宅できる場合もあります。
一方、ご家族が気づかないうちに一人で外出し、道に迷ってしまう危険もあります。そのため、玄関の開閉を知らせるアラーム、GPS端末の活用、普段から身につけている衣服や靴への氏名・家族の連絡先の記載、近隣住民や地域の見守りネットワークとの連携など、万一に備えた対策も大切です。また、施錠を工夫する場合には、本人の自由や緊急時の避難を妨げないよう配慮が必要です。
介護するご家族も無理をしないでください
認知症の方の気持ちに寄り添うことは大切ですが、毎日何度も同じ話を聞き、穏やかに対応し続けることは簡単ではありません。
介護するご家族にも生活があり、疲れてしまうことも当然あります。いつも理想的な対応をしようとする必要はありません。
介護負担が大きい場合には、デイサービスやショートステイなどの介護サービスを利用したり、施設への入所を検討したりすることも大切な選択肢です。
介護する人が心身の余裕を保つことは、結果として認知症の方の安心にもつながります。
おわりに ~「帰りたい」という言葉の奥にある気持ち~
認知症の方が「実家に帰りたい」と繰り返すとき、ご家族は「どうすれば帰りたいと言わなくなるのだろう」と悩まれることでしょう。
しかし、その言葉の奥には、今の生活への不安や孤独感、懐かしい家族への思いが隠れているのかもしれません。
帰りたいのは、昔の家そのものではなく、そこで過ごした温かな時間なのかもしれないのです。
「実家に帰りたい」という言葉を、単に困った症状として捉えるのではなく、その人が今感じている不安や、大切にしている記憶を知るきっかけとして受け止めてみてはいかがでしょうか。
そのような関わりが、認知症の方とご家族の双方に、少しでも穏やかな時間をもたらしてくれることを願っています。


